12話)歩の言い分
・・・・歩とは言うと・・。
初夜の夜。なかなか河田の家に戻ることが、出来ない歩だったのだった。
あちこち友人と、飲み歩いていたが、12時をすぎるあたりで、さすがに彼等に肩を押された。
「いい加減、気合いれろよ。」
事情のほとんどを理解してくれる友人の一人に耳打ちされて、やっと歩は河田邸に向かう事が出来るのだった。
歩にとって、茉莉は“高嶺の花”そのものだったからだ。
初めて見たときから、ドキドキさせられる人たった。
背筋をぴんと伸ばし、日本人離れした美しい風貌に浮かぶ瞳には、気品に満ち溢れていた。
大人びた表情をする彼女が実は、同年と知ってビックリしたくらいだった。
河田ののんびりとした家の中で、泳ぐように無責任にくらしていた自分とは、あまりに違ったからだ。
生まれ持って女王の気品をもっている少女だと思った。
崇拝に近い思いを抱いた。
当主の風格を持った兄と並ぶと、一対の人形のよう。
それを見た歩は、胸の奥がムカムカする気持ちになるのを不思議に思い、“嫉妬”だと思った瞬間、納得したのだった。
兄と接する時の彼女は、王女のようにそつがない。
完璧に見える彼女だが、一人になった時に見せた表情は儚げで、フイにその場から消えてしまいそうな雰囲気がしたものだから、それはそれで、びっくりさせられた。
彼女を見ているうちに次第に分かってくる。
大人びた表情。女王のように威厳ある振る舞いは、実は彼女そのものではなかったという事。
必死に繕っているのだ。
それが分かると、女王の顔を崩してしまいたくなった。
ついついいらぬ茶々を入れて、答えてくる彼女の動作は、二人っきりの時には、自分と同年代の雰囲気に戻って、歩を満足させたのだった。
自分にしか見せない顔を、少しでも長い時間、見ていたかった。
茉莉自身は、困った顔をする事が多かったが・・・。
困った顔も、可愛らしかった。
兄と茉莉との婚儀の話が持ち上がった時。
兄に抱かれる茉莉を想像して・・・。
歩は頭がおかしくなるのでは?なんて思ったほど、黒い情念に身を焦がされた。
『私をモノにしたかったら、河田の家を継ぐことね・・。』
と言われた瞬間。彼女の心の叫びが聞こえたような気がした。
彼女が、何かに呪縛されたかのような“こだわり”を持っているのは、前々から分かっていた事だった。
だから、本来の彼女と、かけ離れた女王然とした雰囲気を持っているのだと、歩は勝手にそう解釈していた。
茉莉にかけられた呪縛は、鋼鉄よりも固い。
同時に、今の自分では、彼女をモノにできないと思った。
兄らしくなく、メイドにご執心だったのが、良かったかも知れない。
悩む二人に口をはさんだのは歩だった。
我ながらうまくいったと思う。
家と仕事と女に、がんじがらめになって悩む兄に、言葉巧みに河田の事は問題ないと説き伏せ、家を出てからも経済的な支援を続ける約束をとりつけた。
兄的には、経済的援助の話は気が進まなかったようだが、元々兄には河田家の嫡男としての務めとは別に、したい仕事があったのだ。
新しく会社を立ち上げる案が、兄の中で燻っていた。おまけに家庭をもつ責任が、結局兄をうなずかせる結果になったのだった。
兄なら、家を出て事業を始めてもうまくやるだろう。と思う。
問題は、自分達だ。
茉莉は歩の気持ちに、一向に気付く気配がなかったし、茉莉は茉莉で歩よりも武雄の方が良かっただろうから・・。
『武雄さんの事、お慕い申し上げていますわよ。』
なんて言った彼女の言葉通り、兄に憧れない女性はいなかった。
歩の周りにいたメイド達も、圧倒的な男性の魅力を持つ兄には“賛美”の視線を送って、遠巻きに見上げる目付きを何度も見せられてきた。
自分には、気安く近所の“兄ちゃん的”な対応をしてくるくせにだ。ときにはナメられている?なんて疑うシーンも多々あった。
そもそも太陽のような激しさを持つ兄に、小さな頃から歩は、はじめっから及びもしなかったのだ。
(けれども俺達、今日から夫婦だ。)
クイーンの横に立つのは、俺だ・・。
心の中で、確認するかのようにつぶやき、歩は気合を込めて二人のために、設えられた部屋の扉を開けるのだった。